Last_Hacks

 この閉塞感に穴を開けよう。

〜するためのnの方法

 本でもブログでも、アクセス数を稼ぐためには、「〜するための7つの方法」といったタイトルをつけるとよい。というのをどこかで読んだ気がします。いったい、どれくらい実践されているのでしょうか。google先生に聞いてみました。

"1つの方法" 約 306,000 件
"2つの方法" 約 682,000 件
"3つの方法" 約 434,000 件
"4つの方法" 約 227,000 件
"5つの方法" 約 136,000 件
"6つの方法" 約 141,000 件
"7つの方法" 約 162,000 件
"8つの方法" 約 61,000 件
"9つの方法" 約 13,500 件
"10の方法" 約 350,000 件
"11の方法" 約 30,100 件
"12の方法" 約 74,200 件
"13の方法" 約 28,900 件
"14の方法" 約 9,610 件
"15の方法" 約 45,800 件
"16の方法" 約 9,080 件
"17の方法" 約 10,900 件
"18の方法" 約 27,400 件
"19の方法" 約 850 件
"20の方法" 約 17,000 件
"30の方法" 約 74,500 件
"40の方法" 約 21,900 件
"50の方法" 約 138,000 件
"100の方法" 約 136,000 件
"1000の方法" 約 20,700 件
"10000の方法" 9 件


人間は7つ以上のことを同時に記憶できないという原則があるのですが、「7つの方法」の件数が少なくて「10の方法」が多かったりします。キリがいいからでしょうか。「50の方法」とかはもう覚えてもらおうという考えはなく、沢山列挙することでお得感を出しているのでしょう。中谷ナントカという人の本に多そうです。
 「1つの方法」は、違う文脈で使われているように思えます。どうせなら、さらに別の文脈になります。

"もう1つの方法" 約 47,800 件
"ただ1つの方法" 約 674 件
"あと1つの方法" の検索結果 3 件

なぜか悲壮感が漂う検索結果となりました。

ライフハック的なものを見つけたいのであれば、10のコツとかで検索したほうがよさそうです。それでも2万件以上ヒットしますけど。



  1. 2007/04/30(月) 00:46:41|
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頭の中に人がいる

 コンピューターと周辺機器との配線は、線の数が最小になるように設計される。USBでもイーサーネットでも線の数は8本以下である。ただ、それだけでは複雑なことができないため、通信手順というものを定めて、定められた順番にデーターを送り出す。これが当然であると思っていた。

 人間、いや、神経細胞をもつ全ての動物はバス配線ではなく全線結線です。したがって足の小指の神経の反対側には脳のどこかがつながっています。全身の神経の反対側が脳の中にあるわけです。まさに頭の中に人が丸ごといます。脳の中の人を裏返したのがホムンクルス
です。
 そして、小指をカドに引っ掛けたときの痛いという感覚は、小指ではなく頭の中にいる人の小指が痛いわけです。
 コンピューター的に言うと、われわれの意識は本当のハードウェアにアクセスしているわけではなく、バーチャルマシンに対して動作しています。
 脳のなかの幽霊を読んだときに、このことに気がつきました。片手を失った人で、ないはずの手をかゆいと感じるのは、脳の中の手がかゆいということです。

 つまり、リアリティの追求のために、視界を覆ったり手足に刺激を与えたりする、すなわちコンピューターとの接続点を増やすことに集中しても、目標としての頭の中の人が感じるかどうか。
 小説とかは、視神経の一部しか刺激をしないにもかかわらず、頭の中の人は快感も痛みも感じますしね。不思議です。

 頭の中のバーチャルマシンは1個だけではなく複数あるようです。そうでないと、他人の立場でモノを考えるのは無理です。頭のいい人は、バーチャルマシンの数が多いように思えます。

 というわけで、次世代のエンターティメントはどうすればいいのか思案中なわけです。

  1. 2007/04/26(木) 00:20:30|
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「みんなの意見」は案外正しいか

 「みんなの意見」は案外正しいをじっくり読んだ。
 スロウィッキー仮説ですか。衆愚とよばれ、バカにされる集団が最も優れた専門家より正しい答えを出す実例がいくつか取り上げられている。
 少数意見や空気読めない人を無視することなく、全員の考えを満遍なく取り入れることが重要。多数決ではなく平均。投票ではなく市場。
 それはまさに、「はてな」ではないかと。
 近藤社長梅田氏にとってみれば、経済的成功よりも集団を作ることのほうが重要なのかもしれない。なぜなら、正しい答えがそこにあるから。

  1. 2007/04/20(金) 01:48:43|
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プログラマとネットワークエンジニア

 ほんの20年ほど前には、ネットワークエンジニアと呼ばれる職種は、なかったように記憶している。
 開発の現場、あるいは客先においてコンピューターをつなぐ必要があるとき、プログラマーグループの面倒見のよい人が、ボランティア作業で各自のワークステーションとかPCをつないでいた。今となっては、ネットワークエンジニアのほうが多いのではないだろうか。

 ただし、明確な境界線があるわけではなく、私の観察によれば下のような傾向があると思われる。

・豪華なエディターをカスタマイズして使うより、viをデフォルトのまま使う。
・コンパイラよりインタープリタ
・資料などはローカルに保存するより、サーバーまたはGmailに保存
・ブラウザのブックマークよりソーシャルブックマーク
・クローズよりオープン
・人間関係は社内より社外のつながりが多い
・机にいる時間が比較的短く、ノートパソコンを常に携帯する。
・動かないところからの開始ではなく、常に動いている状態で開発を好む。
・高負荷となった場合、1つのPCをチューニングするよりは、数多くのマシンに分散させるほうを選ぶ
・LANケーブルは自分で圧着したほうが信頼性が高い
・机のウラの配線が美しい

 はっきりネットワークエンジニアに分類されるような人は、プログラマの権利宣言を読んでも、高速な回線以外に同意できるものがないように思われる。別に、同意しないことでプログラマーの地位を下げたいわけでも、悪条件を自慢したいわけでもない。

 あ、こちらにもネットワークエンジニアの方がいらっしゃいました。
  プログラマーの義務宣言(小飼弾氏)
  1. 2007/04/15(日) 18:07:52|
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もうVistaしかない

 Windwos Vista発売から2ヶ月ぐらい。期待はずれとか、失速とかいろいろ言われてきたわけですが、今現在マシンを選ぶとすればVistaプレインストールモデルを買うわけです。まあ、時間の問題でXPの選択はなくなるでしょう。

 Paul Graham氏の、マイクロソフトは死んだ という物騒なタイトルの文書が公開されて、各所で取り上げられています。まさか、「誰もマイクロソフトの製品を使わない」時代が来るとは思えないですが、ゲイツ氏引退ですしね。
 そういえば、マイクロソフトは昔ほど強引なことを言ったりやったりしなくなりました。インテルがアンディグローブ引退後に毒気が抜けたのと同じぐらい普通の会社になっていくのかもしれません。

 次に買い換えるときは、Mac買ってみようかな。
  1. 2007/04/12(木) 00:51:24|
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テスラコイル

 電気工学を少しでもかじった人なら回路図を見ただけで逃げ出したくなるのがテスラコイルです。特別な材料は何もないのですが、可能な限り昇圧して無責任に空中放電する、このマシンには近づきたくもありません。
 YouTubeで公開されている解説付き実験

で、金網のケージに入っていれば安全とか

放電で演奏するとか

あー、こわいこわい。
  1. 2007/04/11(水) 01:28:12|
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XMLとかYAMLとか、なんとかならんのか

XMLの面倒くささにはうんざりする。書き出しも読み出しも、自分でソフトを書かずにライブラリを使うようにしているが、枯れているはずのライブラリにもバグがあったりする。XML Hacks―エキスパートのためのデータ処理テクニックには、さまざまなやり方が紹介されているが、なんだかね。所詮はタグづけされたデーターでしょ。
 そういえば、XMLの漢字コードはUTF-8またはUTF-16だと思っていたら、決まっているわけではないらしい。でも、オプションで文字コードを明記することは推奨されない。どおりでトラックバックが文字化けするわけです。XML仕様書の読み方

 YAMLはそういったXMLのアンチテーゼとして生まれたわけで,Plaggerと共に有名になりつつあります。インデントの数で構造を書く文法はpythonをやったことがない人にはつらいかも。
 perlのYAMLパーサーは出来が悪く、タブを受け付けなかったり、インデントのスペースが偶数でないとダメだったり。シンプルに越したことはないが、ここまでやったら手抜きではないかと。

 XMLとYAMLについては、ここがよくまとまっています。
IBM developerWorks
  1. 2007/04/09(月) 23:39:16|
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友達から集金する

「何かの専門性」と、「好き」を共有する友達のネットワークと、そこに働きかける「営業力」

 友達にモノを売るといえば、マルチまがい商法かノルマの厳しい営業のどちらかを連想してしまう。
 私の場合には、ソフトを作ってあげたりパソコンを修理してあげたりしたときにお金を受け取ることに抵抗があり、無料にすることが多い。特に目下の人からは全く受け取れない。お金のない後輩とかがお客様ですよ。普通に楽しく会話しているときも、「このあいだのアレが調子悪くて」といわれたら、いきなりビジネスモードになる。やだなあ、子供の前で楽しい気分が灰色。
 嫁はピアノの先生をしているので、演奏やレッスンをしたらちゃんとお金を取る。先生はお客にへりくだる必要はないのでプライドが保てるから?。いや、そういうことではなく、単に慣れの問題かもしれない。そもそも、ピアノのレッスンとはレベルと時間により相場があるらしい。
 逆に人に頼むときは、ビジネスとしてある程度は受け取ってもらわないと、もし問題があったときに直してほしいと言いづらいし、次に頼むこともためらわれる。そういうわけで謝礼は渡す。

 相手からどうしても払いたいと言われたとき、今度は値付が難しい。適切な価格と裏づける根拠のようなものが必要となる。値引きしたい誘惑も大きい

 昔から商人が物を作って売るとか、職人が商売をするとかは物笑いの種になるというのは、そういうことかもしれない。
 私には商才はないので、誰かに売ってもらう人生から抜けられそうにはありません。
  1. 2007/04/08(日) 01:32:42|
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暇で検索されたら、なにを返答すればよいのでしょうか

「つまんない」「暇」を検索入力・会員100万人は簡単――携帯ネットの意外な“常識”

 暇で検索したからといって、暇人とは言い切れない。むしろやることがいっぱいあるにもかかわらず現実逃避をしているか、まとまった時間は取れないが、中途半端に暇とかそういうことを想像する。
 そう考えれば 私の理解できない世界があるということは、なんとなく分かった。というのは違うのではないかと思った。若いうちにそんなに暇があるわけがないし。

 検索エンジンとしては、「暇」で検索されたときに何を返せばよいのだろうか。普通に検索すれば、本当に時間をもてあましている人たちのブログでのぼやきばかりが引っかかるので、ユーザーのニーズにこたえていない。
 はてなの“暇な時って何してますか?”は、希望する答えに近いのだろうか。
 もしかしたら、「そんなことやってるばあいじゃないだろ」というツッコミを求めているのかもしれない。
  1. 2007/04/05(木) 00:30:48|
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好きなことって人生の最初からわかりますか

  「好きを貫く」のはそんなに簡単なことではない。意識的で戦略的でなければ「好きを貫く」人生なんて送れないよ。

 私はコンピュータープログラムを書いてお金をもらうようになって25年になります。子供のときは、ラジオの製作とかを見て電子工作をするのが好きでした。電子おもちゃ的なものを作ると友達に尊敬されましたね。
 大学生になって、塾講師のアルバイトをして教えることが好きになりました。前日に準備をした授業がウケると最高でした、本気で先生になろうかと何度かかんがえましたね。
 アルバイト代で8ビットコンピューターFM7を買いました。もう昼夜なくのめりこみましたね。そのうち、ちょっとしたアプリケーションを書いてお金をもらいました。フロッピーとかプリンターとかがほしいので、さらに稼げるアルバイトということでゲームメーカーのアルバイト、納期の厳しい孤独な激務で2度とゲーム作りはしたくないと思いました。
 大学を卒業してから、本来好きだった電子工作の延長である電機メーカーに勤めたかったのですが、ほとんど学校に行かなかったため先生に推薦を断られ、手に職といえばゲーム作りということでゲーム会社に就職しました。
 その後、同じ会社で転職もせずゲームを作ったり、アプリを作ったり、デスマーチの救出を行ったりしながら、今はネットワークの仕事をする部門をまとめてます。

 今から考えれば、好きだったことは電子回路設計ではなく、自分が作ったもので人が喜んでいるのを見ることではないかと、この年になって思います。
 誰かにほめられたとか、たまたまやったことがうまくいったとか、そんな小さな成功体験がきっかけになったように思います。

 そもそも、世の中にある仕事というものはやってみないとわからないし、簡単に見極められる仕事もあれば、何年もやらないと面白さがわからない仕事もあるわけです。
 感情を言葉にすると「好き」、「好きだと思う」、「好きだった」、「ほかに好きなことができた」「好きだと思いたい」「好きじゃなくなったと思いたくはない」いろいろ。時間の経過と環境の変化がなくても気持ちは常に揺れ動く。日記を読み返すと、一貫性のなさにあきれます。
 好きどころか、すごくイヤな仕事を任されたときもありましたけど、後から考えれば無駄な時間ではなく、それどころかチャンスだったわけで、嫌いな仕事こそ得るものが大きいように思えます。
  1. 2007/04/01(日) 23:37:05|
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